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サービス業の8Ps

お役立ち情報

 公益社団法人東村山法人会の令和3年10月20日発行の会報誌277号に寄稿したコラムへのリンクと抜粋を掲載しておきますので、是非ご一読ください。

 日本の産業構造を見てみるとGDP比でサービス業の占める割合は70%を超えています。「ものづくりから、ことづくり」と言われる背景には、このサービス業の台頭があります。前回お話しした「STP+4Ps」は主にものづくり前提の製造業に対応する理論で、サービス・マーケティングではその常識が通用しません。最大の違いは、サービスが無形である点です。

サービス業の8Ps
 製造業ではProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)の4Psでマーケティング・ミックスを考えましたが、サービス業では4つ追加して8Psで考えます。
 8Psとは、①サービス・プロダクト(Product elements)、②場所と時間(Place & time)、③価格とその他のコスト(Price & other user outlays)、④プロモーションと教育(Promotion & education)、⑤サービス・プロセス(Process)、⑥物理的環境(Physical service environment)、⑦人(People)、⑧生産性とサービス品質(Productivity & quality)の8つのPです。
 以下、レストランを例に8Psを説明していきます。

①サービス・プロダクト(Product elements)
 レストランの主なサービスは食事やワインの提供ですが、受付やウェーターなどのサービスもあります。このようにサービス・プロダクト(製品)は、中核のコア・サービス(食事やワインの提供)と補完的サービス(予約やウェーター)の組み合わせで提供されています。競争が激化すると、コア・サービスは次第に似てきます。そこで、ウェーターの接客などの補完的サービスを高めることで差別化を図るようになります。

②場所と時間(Place & time)
 レストランに店舗が必要なように、多くのコア・サービスでは、物的な設備が必要です。顧客の利便性を考え、コア・サービスをどこで提供するかを考えることが大切です。一方で、補完的サービスの中でも予約のように情報を扱うものはインターネットにより低コストで提供できます。いまやサービス時間は24時間・年中無休が常識で、ICTを活用し、積極的に顧客に情報を提供すべきです。

③価格とその他のコスト(Price & other user outlays)
 私たちは料金だけを考えがちですが、レストランに来る顧客は、料金以外にも交通費、店までの移動時間、予約の手間といった料金以外の負担も感じています。そこで、スマホアプリなどによって顧客の予約の手間を削減することで、顧客の感じるコストを下げることができます。また、ライバルの存在も忘れてはなりませんが、ライバルとの価格だけを比較して右往左往し値下げをするとコストすら回収できなくなります。料金面以外のコストも比較すべきです。価格を決定する際には、サービス・コストが分からないと利益が出るかわかりません。モノは、製造費や物流費が明確なので原価でコスト計算ができますが、サービスは無形で在庫もないので原価が不明確です。そこで、サービスでは「組織の様々な活動がサービスを支えている」と考え、そのサービスを提供するために必要な全社の間接費を集計した活動基準型原価計算(ABC法 : activity-based costing)という方法でコスト計算を行います。

④プロモーションと教育(Promotion & education)
 サービスは無形なので違いが分かりにくいという特徴があります。どのレストランもメニューが似ているため、実際に体験しないと評価もできません。そこで、顧客に実際に体験させたり、口コミで顧客に紹介してもらうのが効果的です。

⑤サービス・プロセス(Process)
 顧客体験は、サービス・プロセスで大きく左右されます。顧客視点でプロセスを図解し問題点を改善する手段にサービス・ブルー・プリントがあります。プロセス全体に大きな問題があれば、サービス・プロセスの再設計が必要になります。顧客に付加価値がない作業は削減し、一部は顧客のセルフサービスに置き換え、客先に直接出向いてサービス提供側の施設を不要にしたりします。

⑥物理的環境(Physical service environment)
 スターバックスコーヒーは居心地の良い空間を提供し「ゆったり過ごしたい」という顧客を集めています。顧客がサービスを評価する上で、サービス環境は重要な目安です。環境が優れていれば顧客満足度も上がります。従業員もサービス環境で長時間過ごすので、従業員の生産性を上げる工夫も必要です。音、匂い、色彩も重要になります。しかしながら、単に環境の見た目が美しければいいわけではなく顧客が快適で使いやすいことが大事です。

⑦人(People)
 皆さんが体験した最高のサービスと最悪なサービスを思い出して違いを比べてみてください。担当者の接客の違いによるものが多いはずです。サービスの成功は接客スタッフ次第です。ミシュランガイドのレストラン評価も、味だけではなく、接客レベルも厳しく採点しています。サービス担当者は重要な役割を担っており、顧客ニーズを探り、顧客にサービスを提供して関係を構築し、顧客ロイヤリティを作っています。しかし、従業員に投資も権限委譲もせずに一方的にコスト削減を行うと、顧客サービスの悪化で客が離れ、収益悪化でさらにコスト削減を迫られる失敗サイクルに落ちいてしまいます。これはスタッフではなくマネジメントが悪いのです。
 サービスの長期収益を考える組織は成長サイクルを目指します。高い報酬で優秀な人材を採用・研修・権限委譲し、高収益を実現して人材に投資します。ライバルは他の経営資源はある程度まで模倣できても優秀な人材は模倣できません。優秀なサービス企業では利益目標やシェア拡大よりも、サービス担当者の処遇や顧客思考の姿勢が最優先事項になります。従業員の高い満足度により顧客の高い満足度を生み出すサービス・プロフィット・チェーンを実現することでビジネスを成功に導く経営プロセスを作り上げています。

⑧生産性とサービス品質(Productivity & quality)
 サービス品質と生産性の両立は難しいものです。サービスの不満は売り上げ低下を招き、値引きで収益が悪化し、生産性も落ちる悪循環に陥ります。サービス品質と生産性という2つの課題に同時に取り組み、相乗効果を生むべきです。まずは今のサービスを顧客視点で評価することから始めましょう。評価ができなければ、管理もできず、問題もわからず、対応策の立案も、対応策の評価もできません。

 これらの8Psは、個別に考えるものではありません。例えば、サービス・プロセス全体を見直して人材に投資すれば、生産性とサービス品質が向上し、サービス・プロダクトの競争力が上がります。8Psそれぞれが互いに相乗効果を生み出すように考えていくことが重要です。
 サービス・マーケティングにご興味を持った方は文末の参考文献を是非お読みになってください。 

参考文献

  • Lovelock, Christopher H. and Jochen Wirtz. (2007) Services Marketing: People, Technology,Strategy, 6th Edition. Pearson Education (US). (白井義男監修 武田玲子訳(2008)『ラブロック アンド ウィルツのサービス・マーケティング』ピアソン・エデュケーション)
  • 永井孝尚(2020)『世界のエリートが学んでいる MBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた』KADOKAWA